ワンオペ育児は辛いよ。娘がうまれてからの11年間の思い出。

今日は娘の誕生日、11年間を振り返る

今日は11歳の娘の誕生日。ついこないだ、オギャーと産まれてきたきがしますが、もう11年もたってしまったこと、感慨深いです。

妊娠から出産、そして現在に至るまで11年もたったことが、ほんと走馬灯のようにいろんな思い出がよみがえります。

長女を11年前に出産した私の子育てはとっても幸せな日々ではありましたが、慣れない土地でほぼワンオペ育児は地獄のような日々でもありました。

今日は同じような大変なワンオペ育児中のママに向けて、今日は少しでも参考になればと思い、11年間を振り返ってみたいと思います。

今日のときめききでは、想像を絶する辛く孤独なストレスに満ちたワンオペ育児をどのようにやり過ごしてきたのか、どんな出来事があったのか思い出してみます。

途中色々愚痴っぽくもありますが、ぜひ最後までお読みいただければとおもいます!

1、妊娠から出産まで

11年前の今日、娘は私の実家の病院で産声をあげました。

予定日を2週間すぎてもなかなか陣痛が来ず、私のお腹はおおきくなりすぎてとってもくるしくなってきました。

お腹が圧迫されて、ご飯も食べても戻すし、おしっこもでなくなり、とうとう4日の朝に陣痛促進剤を使って、産む準備がはじまりした。

3日間に渡る微弱陣痛が続いていた私の体力は限界に達していた時、先生に吸引分娩されて、その日の夜8時頃、娘は生まれてくれました。

人間の赤ちゃんのあたまって、こんなに伸びるんだと初めて見た時は、驚いてかなり心配しました。

吸引されて、ひっぱられた娘の頭はすごい形になっていました。

さすがに長くお腹にいすぎて、赤ちゃんの心拍も疲れて弱くなってきていて、初日は保育器の中ですごしました。

3504グラムもある大きな赤ちゃんでした。
入院中は、小さな赤ちゃんたちがずらっと並んでいたけど、娘は一回りも二回りも他の赤ちゃんより、大きくてすぐに見つけることができました。

大きくてしっかりしているからと沐浴のモデルに選ばれました。

でも大きく生まれてくれたので、産むときはとても大変でしたが、産んでからは特にミルクもよく飲むいい子でした。なかなか寝ないこと以外は。。。

家に帰ってきて、私と娘の二人の育児生活がはじまりました。
パパは今と同じで、相変わらず仕事がとっても忙しかったので、平日はほとんど娘と私の二人っきりの生活でした。これがワンオペ育児、地獄の始まりになるとはこの時はまだ思いもしなかったのです。。。。。。

2、慣れないワンオペ育児でノイローゼに。

娘はとてもおとなしくていい子だったけれど、なかなかすんなりとはねてくれなかった。夜はやっぱり3時間おきにおきるし、昼間は寝ぐずりがひどくてなかなか寝てくれなくて、私は寝不足と、疲れでだんだん追い詰められていきました。

そんな時にあるちょっとした事件が起こりました。

寝不足と初めての育児で不安でいっぱいになっていた私は、完全に育児ノイローゼになっていました。知らない土地に一人で嫁いできて、周りに誰も相談できる友達も親も誰もいなかったあの頃の私は、とっても孤独で不安でした。

ある日、めずらしく旦那から「仕事あがった。今から帰るよ」とメールが入りました。
私はとっても嬉しかった。
久しぶりに旦那が早く帰ってきてくれる!
旦那がもうすぐ帰ってくれば、娘をみてもらってご飯を急いで作ろう。
そして今日はパパに娘をお風呂に入れてもらって、久しぶりにゆっくり一人でお風呂にはいろうとか、そんなことを考えながら、いまかいまかと旦那の帰りをまっていました。

あの時は旦那しか私の頼れる人はいなかった。

でも帰る時間になってもちっとも旦那は帰ってこない。
30分たっても1時間たってもちっとも帰ってこない。
何度もメールして、やっと帰ってきたのは帰宅予定をはるかにすぎていました。

「コンビニで雑誌読んでた。」

この一言で私は旦那にブちぎれてしまいました。

私はゆっくり雑誌読むどころか、トイレにもゆっくりいけないのに。
一日中、娘のお世話でこんなに疲れてヘトヘトなのに。
こんなにもあなたの帰りを待っているのに。
あなたの生活は子供が産まれてからももなにも変わらない生活。
私は子供が産まれてから、睡眠やトイレや食事すらままならないのに。

旦那からしたら、毎日仕事して疲れて、ふらっと好きな雑誌の発売日にコンビニによって、少し立ち読みして帰ってきただけ。

だけど私からしたら、そんな当たり前のことが当たり前にできない日々が辛くて、心がどんどんすさんでいたので、旦那の「当たり前の出来事」が許せなかった。

いきなりすごい剣幕でおこられた旦那も、なんで私がそんなに怒っているのか、全然理解できずパニックになって、二人ですごい大喧嘩。

その時に旦那がこんな間抜けなことを私に言いました。
今でもたぶんずっと忘れない衝撃の言葉。

「会社帰りにコンビニによるのがそんなに嫌なら、もう僕は一生雑誌をかうことすら許されないんだね!!」

この言葉をきいたその時の私の気持ち。驚きと絶望。多分一生絶対にわすれない。

寝ない娘に心身ともに追い詰められて、誰も助けてくれる人がいない不安でおしつぶされそうで、寝不足でずっと続いているひどい頭痛の痛みとか、トイレもゆっくりいけない張り詰めた気持ちとか、一生たぶんパパには理解できないんだろうなっておもったら、ただただ涙がこぼれてしかたがなかった。

今思えば「旦那、仕事帰りにコンビニよったら、嫁が号泣して怒り狂う事件」なんて笑い話ですが、当時は本当に切羽詰まっていた、あの頃の私。

旦那の名誉のためにいっておくと、仕事はかなり多忙で平日はワンオペ状態ですが、休日には家事育児をたすけてくれる、本当は優しい人です。

でも平日仕事に支障があるからと、寝室は分けて寝ていたから、私が夜中にどれだけ子供に起こされているのとか、全く知らない。
でもこの辛さはやっぱり経験しないと絶対にわからないんですよね。

だから、休日などにはぜひママの体をやすめるために、旦那様に寝かしつけをかわってもらって、ママはゆっくり別室で休みましょう。

そんなこんなで手探りのワンオペ育児がまだまだ続くのであります。

3、近所の人の言葉でさらに落ち込む私

そんなこんなで、相変わらずのワンオペ育児はつづきましたが、少しずつ児童館にデビューして、ママ友らしき知り合いもできたりしました。

娘はどちらかというと大人しく、動き回るタイプではなかったので、その点では楽だったのかもしれません。

でも2歳ころにはほとんど昼寝もしなくなり、私は相変わらず気の休まる時間さえ、ほとんどありませんでした。

どうしたら、一人になれるか、自分の時間がほしくてほしくて、そればかり考えていました。

今思えば、なんで一番かわいい時にもっと娘のことをしっかりかまってあげられなかったんだろうと後悔もしたりするのですが、その頃は「かわいい」とか思う心の余裕が全くありませんでした。娘にも寂しい想いもさせたかもしれません。

ある日、散歩にでかけようと、娘をベビーカーにのせて玄関をでたとき、近所のおばあちゃんにあいました。

その方は私の顔をみるなり、「ママが笑わないと、こどもも笑わないのよ。」と言いました。

それを言われた時、すごくドキッとして、「私の顔ってそんなに怖かったんだ・・」とすごくショックを受けました。

私だって本当はニコニコ笑って育児したいよ。あのおばあちゃんのように、孫の面倒をみてくれる人が近くにいたらよかった。本当にしんどい時に例え1時間でも、30分でも見てくれる人がいたら、私だって少しは違っていたと思う。

1日孤独と戦いながら、しゃべれない赤ちゃんの相手を1日中。寝不足のふらふらになりながら、息も絶え絶えで、疲れた体に鞭うって、頑張って散歩もいこうとしてるのに、何にも知らないあなたはそんな言葉で私を追い詰めるんだ。

なーんて、超被害妄想モードに一気に入ってしまい、また子供が笑わないのは私のせいなのねとか思いこんでしまいました。
「サイレントベビー」とかをネットで一日中ググりまくっては落ち込んで、さらに闇の中へ入っていくのでした。

今思えば、そのおばあちゃんはきっと私に良かれと思って、本当に純粋な親切心でいったのだと今ならわかります。

「ママが笑えば、きっと子供も喜ぶよ!」って言う言い方だったらら、また違って響いたのかもしれない。でもその頃の闇に落ちまくっている、育児ノイローゼ真っただ中の私にとっては、私の育児はダメなんだと非難されているように聞こえたのです。

他人は良かれと思って言っている何気ない一言でも、言い方ひとつで人を傷つけることがあるんだなぁーと学んだ出来事でした。

でもそんな他人の一言にすごく救われた出来事もありました。

少しずづ光の見えない私のワンオペ育児に光が差す事件が起こったのです。

4、スーパーの試食店員さんの優しい一言で号泣事件

注)この話は今現在育児が辛くてしんどくて、孤独な闘いをしているママにぜひ読んでもらえると嬉しいです。

とある日、私は娘を連れてスーパーで買い物をしていました。
その頃娘は確か3歳くらいになっていて、もう自分で歩けるようになっていました。

いつもは前に抱っこするか、カートにのせるのだけど、その日は娘が歩きたがったので、よちよち歩く我が子を横目でみながら、買い物をしていました。

スーパーでも「ママー、ママーー!!」相変わらず私を呼ぶ声。

その日も疲れ切ってボーとしていた私は、耳には入っている娘の声をあえてシャットアウトするかのように、聞こえないふりをしながら、野菜売り場のトマトを選んでいました。

しかし私の気持ちはお構いなしに、変わらず娘は私を呼び続けます。

「ママー!!コッチキテェー!ママァ!!」

私は娘の声をさけるかのように、あいかわらず聞こえないふりを続けていました。

その様子を見ていた、試食販売のおばさんが、私に試食品を
「これどうぞ!」と笑顔でさしだしてきました。

「あ、ありがとうございます」と無表情にそれを受け取った私に不意にこう言いました。

ママー!ママー!ってママのこと呼んで、ママがきっと大好きなんだねぇ!」

そういわれた時、私ははっとして、自分があえて娘の声を聞こえないふりしてシカトしていたのがばれていたんだと、少し焦りました。

でもさらにその後、その人は私にに思いもかけないことを言ったのです。

「ママ、今が一番幸せな時ね!!!」と。

しかも飛び切りの笑顔つきで。

その時の私は内心

は!?幸せ!?あなたに何がわかるの。それはあなたが私の事を何にも知らないから言えるんだよ。私は辛いんだよ。一人になりたいんだよ。娘のママを呼ぶ声を聴くのは今はもううんざりなんだよ!!」って心の中で叫んでいました。

でもその人は私の想いなんてそっちのけで、笑顔で続けてこう言いました。

うちにもね。孫がいるんだけどね。もうすっかり大きくなって。私が仕事に行くときに「行ってきます」っていっても、そっぽ向いて返事もしないの。
そんな時があっという間にくるのよ。ママーってあんなによんでくれるのなんて、ほんの少しの間なんだよ。でも毎日毎日あんなによばれると、ママも疲れちゃうよねぇ。でもそれはきっととっても幸せな時なのよ。その幸せな時間はあっという間におわっちゃうんだから、ママもきっと大変だと思うけど、その幸せを楽しんでね!

私は、それを聞いた時、なんだかジーンと心があったかくなってきて、ボロボロ涙がながれてきました。

旦那すら私の気持ちなんてわかってくれない、私は孤独だってずっと思っていて、張り詰めた気持ちでその日一日をやっとの思いで毎日過ごしていたけど、まさか試食販売員さんの言葉で、これほど救われるとは思ってもみませんでした。

その人はきっと自分も子育てをしてきて、私の気持ちも経験済で、私の辛さとか孤独とかそういう気持ちを瞬間で見抜いて、でもきっと子育てって本当は幸せなんだよってことを伝えたくて、さりげなく励ましてくれたんだなって分かったのです。

その時に私は自分の抱えていた心の重い石が少し取れた気がしました。ずっとだれも味方はいなかった私に味方がこんなところにいたんだと。気持ちを分かってくれる人が不意に現れたことに、とっても感動した、そんなスーパーでの出来事でした。

この事件くらいから、すこしずつ子育てを楽しめるようになってきた私でしたが、このあと子どもの入院や手術など、まだまだ苦難はつづくのでありました・・・

続く)

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